花より香
夜桜が美しい。あと少しで満開だ何だと言いつつ、俺と膝丸は中庭の桜が見える縁側に並んで腰掛けて酒を飲んでいた。
「今日は疲れたな。短い遠征に出陣と、それから何だ、鶴丸が明日は花見だ何だと騒いでその準備を手伝わされたのだったか」
「そうだったな。俺は明日も内番だ。こんなに働かせて。刀剣の横綱と呼ばれた俺の力があってこそだ」
「凄いな、大包平は疲れていないのか」
「この程度で疲れる器じゃないぞ」
「それは、大したものだ」
隣に座る膝丸はどこか呆れたように笑う。
「そういうお前はどうなんだ、疲れているのか?」
「そりゃあ、これだけ働けば多少は疲れるさ。手入れをされたとはいえ、傷は治っても疲労は癒えない。団子も、明日の花見で食べるのだと持って行かれてしまったからな。疲労で折れる事はないとは言え、あんまりではないか」
膝丸のその言葉に思わず顰める。
「団子を貰えなかったのか?」
「ああ。おかげでへとへとだぞ」
「……俺は二本もらった」
「何っ!? 何故大包平が二本も!?」
「主が『これを食べてゆっくりしろ』と」
そう言って、浴衣の懐にしまっていた団子を取り出す。包んでいた笹の葉を開き、一本を膝丸に差し出した。
「食え。俺は一本で足りる」
「ああ、遠慮なくいただこう」
そうして膝丸は屈託無く笑い、団子を頬張った。余程食べたかったのか、頬張りすぎて喉に詰まらせていた。酒と共に持ってきていた水を飲ませて背中をさする。ゆっくりと団子を飲みくだし一息ついたところで、今度は俺が呆れてしまった。
「落ち着いて食え、子供かお前は」
「む、君には言われたくない」
「何だそれは、俺は子供ではない」
「そうだろうか」
膝丸はひとくち、ふたくちと団子を食べ進める。俺も団子を食べるとふと心が休まるのを感じ、幾分か自分が疲労していた事を自覚した。
「主は、俺が膝丸の元に来ることを分かっていたんだろう。だから報告の時にまとめて俺に団子を寄越したんだ。そうなら一言くらい言えば良いものを」
「主は言葉が少ない所があるからな。しかし、こうして無事に団子は届いたのだから良いだろう。それだけ大包平が信頼されているんだ。…….いや、分かりやすいと言った方が正しいか」
「馬鹿を言うな。分かりやすいのはお前もだ」
「……そうかもしれないな」
微笑むようにそう言った膝丸は、俺の手を取りその甲を撫でた。
「実はな、大包平が来るまで少し気が立っていたんだ。疲れているのに何故花見の手伝いなんてしなければならないのかと。しかし兄者がいる手前、気を荒げるわけにいかないし、心配もかけたくない。俺が手伝わない分、兄者のお手を煩わせるのも嫌だった。だから今日はもう寝ようと思っていたのだけれど、俺と同じだけ働いて尚も元気な君が酒を飲もうと部屋に来た時にな、何だか、気が抜けた。何て奴だと思った」
「ふんっ、そうだろう。俺は池田輝政に見出されたのだからな」
「ふっ、そうだな」
「何がおかしい」
「いや、何とも君らしい」
笑われたのが少し癪だったが、膝丸があまりにも楽しそうに笑い、微睡むような瞳を向けられてしまえばそんな気持ちも直ぐにおさまった。
膝丸はゆっくりと話を続ける。
「しかし、そんな君だからつい甘えてしまうんだ。少し寄りかかったくらいでは君は倒れなさそうだからな」
そして俺にもたれかかり、沈むように体重をかけられる。触れた場所から熱が伝わって心地いい。
「もう寝るか。疲れていたのに付き合わせて悪かった」
「いい。もう少し君に身体を任せたい」
そう言って、膝丸は瞼を閉じた。このまま朝まで眠ってしまうのではないだろうか。そしたら布団を敷いて寝かせてやるから、別に構わない。
俺たちはまだ、交際して以来、それらしい事をしていない。時間が合った時に一緒に酒を飲むくらいで、こうして身を委ねられるのは初めてだ。
今なら良いだろうか。
そんな邪な気持ちが心を掠め、眠ろうとする膝丸の名前を呼ぶ。膝丸は眠そうに瞼を開き、返事をするように俺を見上げた。重ねられたままの手を握り返す。頬を撫で、唇を重ねようとした――けれど、その直前。
「うわっ」
膝丸は驚いたように声を上げ、俺から飛び退いてしまう。握っていたはずの手はいつの間にか離れ、膝丸のいなくなった身体がバランスを崩しよろけてしまった。
「す、すまない! 待ってくれ、ま、まだ心の準備が出来ていないんだ」
初々しくも、膝丸の顔が、いや、顔どころではない、首筋まで真っ赤に染まる。それが余りに可愛らしくて、思わず吹き出してしまう。
「笑わないでくれ! 本当に、驚いたのだぞ」
膝丸は拗ねたように顔を逸らしながら、また俺の隣に座り直す。
「悪かった。俺もお前に無理はさせたくない。お前が良いと言うまで、少しくらい待ってやる」
「少しくらいなのか」
「あまり待たせてくれるなよ?」
お互いにふざけたように言い合って、くすくすと声を潜めて秘め事のように笑った。
桜が満開になったと知らせに来たのは今剣だった。
「さくらがまんかいですよ! きょうはてんきもよいので、おはなみびよりです!」
きゃっきゃと楽しげな声が朝餉の広間に響く。その声に粟田口の短刀たちは声を弾ませ、みなが良い知らせに喜んだ。
内番のある者は内番を終わらせてからという事になり、俺と鶯丸は馬当番をした後に湯浴みをし、着替えてから、中庭の浮かれた宴会場に向かう。
昼前から開かれていた宴会は既に随分と出来上がっていて、呑み食い歌い踊りの大騒ぎで、大倶利伽羅や山姥切国広など、騒がしい場所を好まない刀剣は皿に飯だけ乗せて遠くの縁側に座って酒を飲んでいる。
「鶯丸に大包平、ようやくお出ましか!」
杯を持った上機嫌な鶴丸国永が俺と鶯丸を見つけ、手招きをする。履物を脱いで敷物に上がり、鶴丸の近くに腰を下ろした。
「腹が減ってるだろう。今日は昼餉は作ってないから飯を食うならここに来るか自分で作るかしないとだからな。何が食いたい」
「取り敢えず米だ。それと漬物をくれ」
「俺は茶が飲みたい。後は何か菓子はないか」
注文をつけると、鶴丸は皿にひょいひょいと食べ物を乗せる。梅と昆布とふきのとうの味噌のおにぎり。鶯丸に渡された菓子は桜餅と羊羹だった。
いつにも増して騒がしいけれど、腹が減っている今はそれも気にならない。桜も風が吹くたびに花びらが舞い散る姿が美しい。腹が満たされるにつれて俺の気分も少しずつ良くなっていた。
「兄者!?」
そんな時だ、背後の少し離れた場所から悲鳴のような声が聞こえる。見なくても分かる、膝丸の声だ。
何だと思い振り返れば、髭切が一升瓶に口をつけ、喉を鳴らしながらガブガブと豪快に呑んでいた。
「いいぞぉ〜髭切! いい飲みっぷりじゃねぇか!」
「よっ! 髭切屋!」
日本号と次郎太刀が囃し立てる声を背景に、髭切は一升瓶を二本も軽々と開けてしまう。
「兄者! そんな下品な飲み方をしたら駄目だ! もっと味わって飲まねば勿体無いだろう!」
膝丸も髭切の身体を心配しているのかと思ったら、ただ行儀を叱っているだけだった。それもそうだ、俺たちはどれだけ呑んで酔って身体を壊しても、その程度で折れるわけでもない。万が一内臓を壊しても手入れをすれば治ってしまう。それを抜きにしたって、髭切は底なしなのだ。
けれど、それだけ呑めば酔うものは酔う。
「お前は真面目だねぇ。もう十分味を楽しんだのだから、少しくらいはしゃいでも良いんじゃない?」
髭切は陽気に笑いながら膝丸の頭を撫でる。膝丸は何かごにょごにょと言いながら、そうやって撫でられてしまえば強く言い返せないようだった。
「まあ、そういう所がとっても可愛いんだけどね」
そんな膝丸に気分を良くした髭切が、膝丸の頬を撫でる。膝丸は一切の抵抗を見せずに「全く兄者は……」などと言いながらされるがまま、可愛らしいほどに大人しくしていた。
おい、待て。まさか……。
嫌な予感がしていた。それは決して予感などではなく帰納的に考えた結果なのだろうけれど、それでもそんな事は起きないと信じたかった。
が、そんな分かりきったことが予感で終わってくれるはずもない。髭切はそれはもう愉快そうに膝丸の唇に口付けた。周りがそれを冷やかし、膝丸は驚いた様子も見せずにそれを受け入れ、一瞬の触れ合いの後に「しょうがない兄者だ」と困ったように言いながらも、嬉しさを隠しきれない笑顔がこぼれていた。
ブツンッと、頭の何かが切れる。
「おい! 膝丸!」
思わず怒鳴って立ち上がってしまった俺に、全員の視線が集まった。俺を見た膝丸が、目を白黒させる。ズンズンと膝丸の元へ行き、その目の前にどしんと腰を下ろす。
「ど、どうした、何を怒っているんだ」
「ありゃ〜、いたんだね、君。可哀想なことしちゃったかなぁ」
髭切の呑気なその言葉が余計に俺の気持ちを逆撫でた。そんな髭切など無視して、尚もキョトンと俺を見る膝丸の顎を掴み、顔を寄せる。しかし、俺が何をしようとしているか気付いた膝丸は何も言わずにただ俺の胸板をどんっと押した。押した後、しまったと言うように狼狽え、「違うんだ」と何かを言おうとして、結局何も言えずに言葉に詰まる。
何だその顔は。何でお前がそんな傷付いたような顔をする。
悲しみなのか怒りなのか、頭に血が上り、立ち上がって背を向ける。
「俺は戻る!」
「待て、大包平!」
止めようとする膝丸の声も聞かず、俺は鍛錬場へと向かった。
こんな日に鍛錬場に来る奴なんて内番で手合わせを組まれていた刀だけだったけれど、その刀達も一段落ついたのか、もう姿はなかった。壁にかけられた木刀を手に取り構え、気が晴れるようにと、好きに振り回す。
どんなに振り回しても振り回してもすっきりしない。それどころか虚しさや苛立ちばかりが募り、それが余計に身体を駆り立て余計にがむしゃらにさせた。
ずっと触れたかった。しかしあいつが待ってくれと言うからあいつの気持ちが整うのを待つことにしたんだ。それが何だ、相手が髭切ならあんなにいとも容易く許すではないか。
思い出すと、段々と馬鹿らしくなってくる。分かっていたことなんだ。あいつは髭切には全てを許す。何でも受け入れて、何をされても喜ぶ。それが膝丸という刀だ。
それでも、分かっていても頭に来るのだからどうしようもない。張り合う気持ちが無いわけではないけれど、張り合ってどうすると呆れる気持ちもある。でも、頭で分かっていても腹が立つものは立つのだ。
張っていた力が抜け、木刀を片手でぶら下げ、何を考えるでもなしに途方もなく視線を投げた。
少しして、戸を開ける音がして振り返ると、膝丸が立っていた。膝丸は俺を見つけると安心したような緊張するような面持ちになり、鍛錬場へと足を踏み入れ、俺に歩み寄る。俺も膝丸に身体を向け、お互いに向かい合った。
「大包平、先程は悪かった」
「……別に、怒ってなどいない。ただ少しカッとなっただけだ」
「そうなのか……。その、俺が言うことではないが、カッとなって手が出るなど、君は子供か」
「なっ! お前が髭切と口付けなんぞするから……」
言いかけて、またカッとなっていたことに気付き、気持ちを落ち着かせるように深く息を吐いた。それをどう捉えたのか、膝丸は申し訳なさそうに俯いてしまった。
「俺は……兄者を拒めないんだ。拒みたいとも思わない。それが兄者だ」
「なら、何故俺の事は拒む」
膝丸は恥じるように頬を赤らめ、そらしていた目線をゆっくりと俺の目に戻す。
「兄者が触れるのと君が触れるのとでは、意味が違うだろう」
そう言って、恐る恐る俺の肩に手を乗せると顔を寄せ、唇を重ねる。それは数秒とも言えないほど短い間だった。けれど、心の底からぶわりと気持ちが膨れ上がり、全身の鳥肌が立ったような気がした。
視線が交わると膝丸はまた恥じるように視線を落とし、肩においていた手も離して一歩後ずさる。
「君に触れられると……違うんだ」
「違う?」
「ああ……兄者に触れられる時は、身を委ね包み込まれるような安心感がある。けれど、君に触れられると……堪らなくなって、気持ちが高ぶって、俺からも触れたくなってしまうんだ。だから、あんな場所で触れられたら困る」
わざと言っているのだろうか。こいつは生真面目ではあるが、諧謔が分からない奴でもない。けれど、隠し事が得意かと言われると、そうでも無い。だから、この言葉は俺を楽しませるための戯れなどでは無く、きっと本心だ。
だからこそ擽られる。
左手で膝丸の肩を掴み、少し強引に引き寄せる。膝丸が抵抗する様子はなく、俺はそのまま右手で膝丸の顎を持ち上げた。
「もう待たんぞ」
すると膝丸は戸惑ったように瞳を揺らし、それでも何かに耐えるように目を閉じる。その健気さがたまらない。思わず興奮してふっと吐息が漏れてしまう。その吐息に震えた膝丸の唇に遠慮無く口付けをする。唇を擦り合わせると、膝丸の唇が開く。そこを舐めると膝丸も舌を出して、舌を撫で合った。零れ落ちそうになる唾液を舐め、舌や唇を啜り、吐息を吹き込み混ぜ合わせる。
膝丸の右手が少しばかり強く俺の頬を撫で、襟足の辺りを擽る。ぞくぞくと背筋が粟立ち、俺も肩や顎から手を離して膝丸の両頬を抱き込むように包んだ。薄く目を開くと、膝丸も少し目を開き視線が交じり合う。ただ目が合っているだけなのに、目から脳にかけて痺れるような快感と心地良さを感じた。
膝丸はふいと目をそらし、俺の肩を押し返す。
「お、大包平……もう、ダメだ、これ以上されたらおかしくなってしまう」
だから、何故そんなに馬鹿正直に打ち明けるんだ。信用されていると思えば良いのか試されていると思えば良いのか分からん。俺がどうとも返事を出来ずにいると、膝丸がチラリと俺の表情を横目で見て、ふふっと艶を含めて笑う。
「君も、そうみたいだな」
そして、まるで誘うようにそう囁いた。
「……当たり前だ」
愛しい存在に触れて、煽られて、修行僧でも無いのに興奮せずにいられるわけがない。
膝丸の身体を抱き寄せ、その線を掌と指でなぞる。
「大包平、こ、こんな場所では……」
「みんな花見に夢中なんだ、誰も来ない」
「そうではない、汚してしまうだろう」
「後で拭えばいい」
「い、いたたまれない……」
まだ何か言おうとする膝丸が少し煩わしい。首筋を撫で、その場所を辿るように唇を落とす。
「待って……」
「待ったとして、心の準備とやらが出来る日なんて来るものか」
「それは……」
言いよどんだ膝丸の唇を奪い、それ以上喋るなと思いながら口付けを深くしていく。口付けがこんなにも心地よいとは思わなかった。膝丸の脚から力が抜けていく。その身体を支えながら膝丸を座らせ、逃がさないように脚の間に身体を割り込ませ、俺の脚を膝丸の背に回す。
満更でもないように俺の服に縋り、期待するような目で見てくる膝丸に、自然と口角が上がるのが分かった。
「良くしてやる」
目を見てそう囁けば膝丸は切なそうに吐息を零し、俺はそれを吸い取るように軽く口付ける。んっと小さく漏れた膝丸の声が高くて、初めて聞くその声に煽られた。
詰襟のシャツの釦をひとつ、ふたつと外し、全部広げた所で腹に手を這わせる。俺ほどではないにしろ鍛えられた筋肉のある身体は撫でていて心地いい。
「ぁ……大包平、俺も君に触れていいだろ」
膝丸が俺に触れたがっている。それが嬉しくて吐息のような笑いが漏れ、膝丸の左手を掴み俺のシャツの襟元へと導く。膝丸は器用に一つずつ釦を外していった。そうしている間も膝丸の身体に愛撫を施す。敏感な脇腹や首筋、胸元を撫でる度に唇を噛み締めて息が荒くなり、身体を捩らせる様が、何と官能的か。
「気持ちいいだろう」
「っ……うっ、るさいぞ」
「いつもみたいに素直になれ」
「うっ、あ」
乳首を撫でると思いの外、反応がいい。痛くないように優しく撫で、時々指の腹で押しつぶす。
「何だ、こんな所も感じるのか」
「か、感じると言うより、緊張して……全部、変な感じだ」
掠れて、消えてしまいそうな声。こみ上げる何かを外に出さないようにと喉元で必死に押しとどめるような。
「何だ変な感じとは」
「分からない、けど……嫌いじゃない」
俺のシャツの釦を全て外し終えた膝丸が楽しそうに微笑み、俺の首に腕を回して唇を重ねる。そして膝丸の指が俺の胸に触れた時、確かに感じるとはまた違う、けれど確実に興奮が煽られるような変な感じがした。
「変な感じだ」
微笑みながらそう返すと、膝丸もまた満足そうに笑む。
「だろう?」
するすると膝丸の腕が、蛇が身体を這うように動く。背筋がゾワゾワと震え上がり、押し出されるように声が漏れた。その声は自分の口からこぼれたとは信じ難いほど甘く、驚くと同時にあまりの気味の悪さに胸焼けがした。
「どうした、君の声も随分可愛いじゃないか」
「可愛いわけあるかっ」
「俺は気に入った」
「……気に入るな」
そうやってただ肌を撫で合うだけで、満たされるほど気持ちがいい。それでもそれとは別に、足の間のそれは形を変えていた。膝丸はどうだろうと確かめるようにそこに手を伸ばす。
「あっ、は、ん」
触れると、同じように張り詰めているのが分かる。あられも無い声と共に膝丸の身体がビクビク震え、俺の身体を撫でていた手が俺のシャツを内側から強く掴んだ。
「あ、や、め……お、かね……」
ベルトを外し、ズボンの前を寛げる。それは既に下着を押し上げていた。けれど、俺も同じだ。膝丸の身体に触れ、触れられ、囁き合って興奮している。同じように膝丸が俺を受け入れているのだと分かり、安堵と共に嬉しくなった。
下着からそれを取り出しゆっくりと手で竿を包み込む。すると膝丸はさっきまで俺の服を握っていた手を離し、背中から倒れそうになる身体を支えるように後ろに手を付いた。
「はぁッ、駄目……やめ、あっ」
そうやって膝丸が身体を倒したせいで、よく見える。身体中が真っ赤になっていた。目は涙の膜で潤み、口は緩く開きっぱなっしになってしまっている。まるで膝丸を抱いているようなその光景に、殴られたみたいにぐらりと視界が揺れるほど興奮した。
俺は自分のズボンをくつろげ、そこから自分の物を取り出す。膝丸の太ももに腕を回して腰を引き寄せ、膝丸の物と俺の物をひと握りにする。
「はっ!? なに、大包平、それっ、」
掌以上に熱いそれが触れ合うと、腰が溶けてしまいそうだった。奥歯を食いしばり、出そうになる高い声を抑える。そしてひと握りにしたそれを、気持ちがいいように手で擦る。
「ああっ! や、あ、んんっ、こんな……きもちいいの、は、」
「っは、そうか、気持ちいいのか」
膝丸は首を横に振るけれど、もう腕にも力が入らないのか、肘をついて俺にされるがままだ。抱えている膝丸の右足が痙攣するように跳ね、つま先がぎゅっと丸められる。
「はぁ、はぁ、っん、あ、あっあっで、る、大包平ぁ」
押し殺そうと必死な声で喘ぎ、背を丸め、顔を床に向けた状態で、膝丸は白濁を吐き出す。床にこぼれないように手の中に受け止め、それを使って先程と同じように二人のそれを握ったまま手を動かした。
「あ! まっ、あぁ!」
床を這って逃げようとする膝丸の腰を掴む。手と、そして腰を動かしながら、膝丸のそれと一緒に自分の物も高める。何度も膝丸は駄目だと言いながら首を横に振っていた。けれどその声はすっかりとろけていてろれつが怪しい。
「あっ、もっうッ……っひン、あ、ぐっ、んっああああっ!」
先程まで必死に押し殺していた声はどうしたのか、だらしないほどあられもない声をあげ、胸を逸らし、身体を震わせた。俺もそれとほぼ同時に精を吐き出す。手に収まりきらなかった精液が膝丸の腹を汚してしまった。
ポタリと、俺の汗が額から膝丸の胸に落ちる。膝丸は呆然と荒い呼吸でその胸を上下させ、俺を見つめた。
「……随分、汚してしまったな」
言われて床を見る。
「いや……そうでもない。床に散ってるのは汗くらいだ。鍛錬上ならいつもの事だろ」
「ああ、そうか…………」
膝丸は頭が回っていないようだった。何があったのかすら忘れてしまってそれを思い出そうとするかのように、ただじっと俺を見つめ続ける。
「何だ、どうした」
どこか悪くしたのかと思いそう尋ねても、「いや……」と小さな声が帰ってくるだけで、指一本動かさない。流石にここまで動かないと心配になる。汚れていない方の手で膝丸の背に手を回し、起き上がらせた。
「どうしたんだ。どこが悪い」
「どこも……いや、悪くないと言うか……」
やはりどこか悪いのだろうか。膝丸に顔を寄せ、言葉に真剣に耳を傾ける。膝丸は目を眩しそうに細め、言った。
「大包平の事が好きだと思ったんだ」
返ってきたその言葉に、頭の中が真っ白になる。
「……好きだ、大包平」
うわ言のようにそう繰り返され、自分の脳がゆっくりとその言葉を理解し、どんどん顔が熱くなる。
「な、何だ急に!」
「仕方ないだろう、急に湧き上がって来たのだぞ! 今、何だか……無性に君が好きで好きで堪らないんだ」
「そんっ……」
あまりに真っ直ぐに見られるものだから堪らずに目を逸らし黙ってしまった。けれど、ここまで言われて何も返せないのでは男が廃るという物だ。
「……俺もお前が好きだ」
すると、膝丸は安心したように頬を綻ばせ、どちらからともなく口付ける。
その後、鍛錬上の棚の中にある手ぬぐいで精液を拭い取り、誰にも見つからないように細心の注意を払って部屋へと戻り服を着替えてから、二人で服を洗った。
出来れば次からはこんな思いをせずに触れ合いたいものだと、二人で笑い合う。
刀たちの宴会はまだまだ続いていた。