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欲しいが欲しい

 いい匂いが満ちている。それはまるで睡眠を誘うように甘いのに、同時に興奮を覚えさせるから、朦朧として頭が回らないのに、意識がどうしても途切れてくれない、夢と現の間で身体を引っ張られるような、そんな匂いだ。

 植物の優しい匂いかと思ったら、ツンと鼻を突くような濃すぎる香水のようにくらくらするような、けれど甘美な。

「兄者……あっ、そこが、気持ちいい……うっあ」

「どこが気持ちいいの? お前の気持ちいい場所、教えて」

 引きつって甲高い自分の声とは対照的に、兄者の声は伸びるように穏やかだ。のんびりとした声を発したその口が、俺の耳を舐る。

「ああっ……耳の……内側が、」

 兄者は俺がダメだと言った場所に舌を這わせる。そうされると太い血管の通る首筋にドクドクと血液が流れ、身体が熱くなる。

 胸がいっぱいになって、切ない衝動に駆られるまま兄者の背中に腕を回した。そうするといっそう身体が密着して、兄者の胸が俺の胸に押し付けられる。服の上からでもうっとりするほど温かい。この胸を指で撫で、唇で吸ったら、きっとえも言われぬ感触なのだろう。

「あ、兄者、兄者ぁ、気持ちいい……」

 すると兄者は俺の耳から舌を離し、頬に唇を落とした。

「気持ちよかったね、弟。これなら大丈夫かな?」

 そう言って兄者は服の上から俺の太ももの外側をひと撫でして身体を起こす。その柔くささやかな刺激にさえ、俺の身体はピクリと震えてしまう。

「兄者、もう向かうのか?」

「うん。もう大丈夫だよね? 身体が冷める前に行こうか」

 兄者は布団に寝かせていた俺の腕を引いて俺を起こし、俺の髪を撫でると立ち上がり布団から降りてしまった。俺はまだ夢見心地で朧げな頭を覚醒させるために頬を叩き、立ち上がる。

 俺も兄者も、部屋から出れば普段通りになっていた。足元の冷える廊下を歩き風呂場へ向かう。まだ明かりのついている部屋もあるけれど、ほとんどの部屋は既に消灯されていた。空は厚い雲で蓋をされていて、月明かりも見えない暗い廊下を並んで歩く。空気は冷たく澄んでいて、火照った身体を冷ませるような静寂が、舐られて濡れた耳を凍らせるようだった。

 兄者はよく、こうして俺を房事の相手にすることがある。房事と言っても服は脱がず、触れるのも身体の外側で、深い場所に触れたとしても耳の穴くらいだった。兄者がそれで満足だと言うので、それより深く触れることは無い。

 そう、兄者からは、触れないのだ。

 風呂は思った通り無人であった。浴槽は朝掃除されるので、栓も抜かれていない。

 兄者はするすると服を脱ぎ、脱いだ服を畳んで籠に仕舞う。俺も同じように服を脱いでいく。シャツを脱ぎ、窮屈な下も脱げば、微かに勃起した俺の魔羅があらわになった。

「うん、ちゃんと勃ってるね。良かった」

 それを確認した兄者は上機嫌に微笑み、脱衣所から浴室へと俺を導く。兄者は湯船に浸かり、俺は蛇口の前の椅子に腰を掛ける。下を隠していた手ぬぐいをどかして、身体を兄者へと向ける。兄者は楽しそうにしながらただ俺を見るだけだ。

 俺は両膝を広げ、魔羅に手を伸ばす。竿を包み、手を上下に動かすと堪らず熱い吐息が溢れた。自分の魔羅から兄者へと視線を移す。兄者は木の浴槽の淵に片腕で頬杖をついて、変わらず涼しい顔で俺を見ていた。上下する手を早めればゾクゾクと熱が巡る。

「お前は自分を焦らすのが好きだよねえ。竿よりカリ首の方が気持ちいいって言ってなかった?」

「ん……カリが、一番好い……けど、はっ」

「竿で焦らすのってどんな感じなの?」

「じ、焦らしてなど……」

「ああ、竿も気持ちがいいんだね」

 兄者は興味深そうに俺の魔羅をじっと見る。刺激を加えるたびに太く硬くなるそれを、食い入るように。

「でも一番好いのはカリなんだよね? だったらやっぱり焦らしてると思うんだけど」

「その方が、気持ちがいい……から」

「へえ、そうなんだ。気持ちがいいって、やっぱり大事なんだろうね」

 兄者の呑気な問いかけに答えながら、鈴口を柔く撫でる。手の中で自分の魔羅がビクリと震え、持ち上がる。そのままカリを擦ると内腿に力が入った。

「凄いね、もうびっしょりだ。今すごく可愛い顔してるよ、お前」

「はっ、ん……兄者……っ」

 もう兄者の声に応える余裕は無かった。ひたすら自分を昂めることに没頭する。

「あっ……!」

 身体がブルリと震える。手が吐き出された精液で汚れ、途端に脱力感に襲われた。少しの間、石張りの床を見つめてからゆっくりと身体を動かし、蛇口をひねってお湯を出し、手を洗う。

「う~ん、見てるとやっぱり簡単そうなんだけどねえ」

 俺は疲労感に包まれているというのに、兄者はのんきなものだった。全身を清め、俺も湯船に浸かる。冷えた身体には少し熱く感じたが、身体がじんわりと湯に溶けるようで心地よい。

「どうだ? 兄者、参考になったか?」

 疲労感によって、俺の声は随分と気だるげだった。

「どうだろうね。でもやっぱり僕の魔羅はあんな風にはなってないなあ」

 そう言って、湯船の中の自身の魔羅を覗き込む。俺もちらりとそこを見れば、大人しいものだった。

「やはり……男ではダメなのではないか?」

「そんな事ないよ。お前に触ってる時、すっごく興奮するもの」

「興奮はするが、やはり、勃たないのだな?」

「そうなんだよね、不思議だなあ。お前に触りたいって思うんだよ? 触れば気持ちがいいし高揚するし。でも、僕の魔羅ってば全然反応してくれなくて、困っちゃうねえ。触っても別に気持ちよくもないし。お前が気持ちがいいっていう場所も、僕自身は全然好くないんだよね。もしかしたら、お前が淫乱なだけなんじゃないかな」

「なっ! 何を言うんだ兄者! 俺は決して淫乱などではない、至って普通だ」

 あまりの言い分に思わず勢いをつけて言い返せば、兄者は首を捻って目を閉じた。少しの間お互い何も言わず、俺は長考する兄者を見守る。三分もしないうちに兄者はゆっくりと目を開き、風呂の高い天井を見上げた。

「これじゃあ、お前を抱ける日なんて来ないかもしれないね」

 兄者のその言葉に、心臓がドクリと強く脈打つ。

 そもそも、何故こんな事をしているかと言えば、それは約二週間前まで遡る。


 

****


 

 俺と兄者は、恋仲であった。それは何故か本丸のどの刀もが知っていた。

 その日は、夜も昼のような明るい満月だった。月見酒をしようと言いだしたのはどの刀だったかは知らないけれど、兄者はその宴会に参加していた。勿論、兄者が出るのならと俺も参加をした。

 最初は、陰り一つ見せない見事な月を見ながらのんびりと酒を飲んでいた。しかし空になる酒瓶が増えるに連れ、皆、月などお構いなしに管を巻くようになってきていた。兄者も酒が気に入ったらしくご機嫌だった。俺は、酒に酔ってしまっては兄者を介抱できないから飲んでいなかったけれど、それでも随分空気に酔わされていた気がする。

 酔った兄者は、俺に口吸いをした。酒の味と兄者の柔く熱い舌と口腔は俺をいとも容易く興奮させたのだ。そんな俺たちを冷やかす刀もいて、酔っていた兄者は益々気分が良くなりついに俺を縁側に押し倒した。

 兄者と口吸いをする事はそれまでもあったけれど、唾液が口の端から溢れるほど積極的な口吸いはその時が初めてだったのだ。だから、俺は自分の股間が熱くなっている事に気づいた時、あまりにも分かりやすく狼狽えてしまった。他の刀に気づかれてはたまらないと思い、慌ててその場から離れ、部屋へと逃げ込んだ。兄者は、ひょこひょことその後を追って、俺の部屋へとやってきた。

「弟の~え~っと、ふふっ何だったかなあ。まあいいや。ねえ、どうしたの、何で逃げるの? もっと口を吸わせて欲しいよ」

 ふわふわと浮ついた可愛らしい口調でそう言いながら、兄者は床に座り込んでいる俺の背中に抱きつく。

「あ、兄者! 離してくれ! 今は、今はダメだ!」

「何で? どうしてダメ? お前も僕と口吸いしたいよね」

「それは、したいけれど……で、でもダメなんだ!」

「ふふっやだよ~、離してあげない。僕は口吸いしたいの。お前も我慢したら体に障るよ」

 兄者は抱きしめる腕を俺の腹に回し、優しく撫でる。

「あっ!」

 思わず生娘のような高い声が出て、自分でも驚き口を塞ぐ。

「ん? どうしたの。そんな風に口を塞いだって口吸いを諦めてやらないよ?」

「違う……兄者、そこから手をどけてくれ」

「そこ? どこのこと?」

「だから、腹から手を……」

「ん~、どうしようか。お前のお腹温かくて、触るの気持ちがいいんだもん」

 後ろから抱きしめながら、兄者はとろけるような優しい声で囁き、腹を撫でさする。

「やっ……やめ、てくれっ、兄者ぁ」

 興奮した身体を人に触られるのは初めてだった。その気持ちよさに目の前がくらくらして、呼吸が苦しくなる。ふーっふーっと、口を押さえる指の隙間から漏れる息が音を立てていた。兄者の手が下腹部へ触れ、強引に床に押し倒され口を吸われた時、もうダメだった。

 あまりの事に思わず目を見開いたというのに、その時、視界は何も捉えていないようだった。形容しがたい、自分とも男とも思い難いとろけた声と共に、股間が濡れる。無意識に兄者の服を掴んでいたらしく、肩にかけていただけの兄者の紫の羽織がズルリと落ちる。強ばった身体は一気に弛緩し、荒い呼吸と力の入らない腕で、呆然と兄者を見上げた。

 すると兄者は、まるで豆鉄砲を食った鳩のような顔をしていた。

「どうしたの、そんなに息を荒げて。凄く可愛い声も出てたけど」

「あっ……」

 見られてしまった。はしたない姿を全部、見られてしまった。

 恥ずかしくて、顔がのぼせたように熱くなる。涙で視界が歪み口はブルブルと震え、俺は涙声で「あ、兄者ぁ……」と、何とも情けない声で兄者を呼んでしまった。

「も、申し訳ない……俺は、あ、兄者に触れられ、粗相を……」

「粗相?」

 粗相という言葉で、兄者は俺の濡れているそこに視線を落とす。まだ染み込んではいないようだったけれど、このまま着替えずにいれば染みてきて粗相の跡を見られてしまう事は想像に容易い。

「粗相って、失禁でもしたのかい?」

「し、失禁ではなく……言わせないで、くれ……兄者」

 俺の声は恥ずかしさによって、情けないほど細く消えいりそうになってしまう。それでも、兄者から顔を背け、言葉にするのが精一杯だった。

「失禁でないなら、粗相って何のこと?」

「いや、だから……」

 からかわれているのかと思っていたが、兄者の表情はずっと変わらず真顔であった。兄者にしてはお戯れがくどいように思い、冷静さも無かった俺はついに我慢の限界に達して泣いてしまった。

「え? え? どうしたの、え~っと……蜘蛛丸?」

「膝丸だ兄者あ! いや、そうではない! あまり、あまり、意地悪をしないでくれ! 酷いではないか!」

「そんなに口吸いが嫌だったの?」

「そうではなく! この状況での粗相と言えば、射精以外に無いだろう!」

 思い切ったつもりだった。ここまでハッキリ言ったのだから兄者も意地の悪い戯れはやめてくれるだろうと、信じていた。いたけれど、見れば兄者はコテンと首をかしげるだけだった。

「しゃせいって、なんだい?」

「…………へ?」

 今度は、俺が言葉を失う番だった。これが戯れだとしたら、少し稚児趣味なのではないだろうか。

「あ、兄者に、まさか、そんな……稚児趣味があったなんて……」

「稚児? 別に嫌いじゃないけど、特別好きでも無いなあ」

「いや、しかし、そんな質問、稚児趣味と思われてしまうぞ兄者」

「そう言われても、本当にしゃせいが何の事だか分からないんだもの。短歌の写生なら分かるけれど、粗相をしゃせいと呼ぶのは一体どういうことだろう」

「どういうことって……兄者も射精くらい、人の身を得てから経験があるだろう。魔羅から精液が射出される生理現象の事だ」

 しかし、兄者はポカンとしたまま、ただ瞬きを繰り返すのみ。ここで俺は、漸く兄者が戯れているのではないと察した。

「あ、兄者、射精の経験が無いのか?」

「そうだねえ……少なくとも、魔羅から尿以外の液を出したことは無いかな」

「兄者、もう少し言葉をだな……いや、いい、今はそれどころではない。もう一度聞くが、いいか兄者。兄者は本当に、射精を知らないのだな?」

「うん。知らないよ」

 言葉が出て来なかった。まさか、兄者が、そんな……。となると、さっき俺を離さなかったのも、決してそのような意図は無かったのだ。本当にただ俺の腹が心地いいから撫でていただけだとしたら、俺は兄者の無邪気な戯れ合いに一人で盛り上がり一人で劣情を抱いてしまったことになる。

 だとしたら、それはあまりにも恥ずかしいのではないか?

 顔が、火でも点ったかのように熱い。俺は、俺はなんて事を!

 俺は両手で自らの顔を覆い隠す。

「兄者! 申し訳ない! 俺は、はしたない弟だ! 兄者に合わせる顔が無い!」

「え? 何? 飛騨丸はしたないの?」

「ひ、膝丸だ兄者! いや、だが……その通りだ……俺は、何も知らない兄者に何て事を……」

「良くわからないけど……お前は射精をしたんだよね? じゃあ、それを見せてくれないかな?」

「……え?」

 兄者が言った言葉が一瞬理解できなかった。いや、意味は理解していたが、その上で受け止められなかった。確かめるように指の隙間から兄者の顔をのぞき見る。兄者は何でも無いように、微笑みながら真っ直ぐ俺の目を見つめ返す。

 その瞳で見つめられると、俺は弱い。心臓が強く強く胸を打ち付け、見とれてしまう。兄者の望むようにしたいと思ってしまう。

 気づけば顔から手を離し、兄者の頬に滑らせていた。

「兄者……それは、お戯れだろうか?」

「お前の可愛い姿を見れば戯れたくもなるよ。ねえ、見せてくれるよね?」

 兄者の指先が、皮をなぞるように浴衣の上から脇腹を滑る。くすぐったいのか気持ちがいいのかゾクゾクと身体が震え、促されるまま浴衣の上前と下前を引き上げ、射精して萎えたそれを下着越しに晒した。

「……濡れているのが分かるだろうか?」

「ん? どれどれ」

 下着越しに形を確かめるように撫でられると、一度出して萎えたはずのそこがまた熱くなる。堪らず溜息をついて浴衣を強く握り締めた。

「あっ……あ」

「本当だ、濡れているね。これは、そのしゃせいなんだね?」

「ああ、そうだ……」

「しゃせいって、どういう時にするの?」

「き、気持ちよくて、気分が高まって……興奮した時に……」

 兄者の目がじっとりと細められ、面白そうに口角を上げて笑う。

「そっか。じゃあお前、僕と口吸いして気持ちよかったんだ」

 そう聞きながら、濡れた下着を肌になじませるように揉まれる。

「あぁっ……、ん、兄者……兄者となら、何をしても気持ちがいい」

 先ほど出したばかりだと言うのに、兄者に触れられているそこは出したばかりの精液の滑りと兄者の手のひらによって再び硬くなっていた。俺はその快感を我慢できず、堪能するように目を閉じ浴衣を握り締める。

「あ……兄者、あっ」

「あはは、よだれが垂れてるよ。だらしない顔」

 兄者は愉快そうに言いながら俺の口から垂れる涎を舐め取り、そのまま俺の口腔を舐り犯す。舌と唾液を啜られ、唇に吸いつかれ、俺の舌が引きつり痙攣でも起こしたようにピクピクと震える。下着はずり下げられ、出てきたイチモツを兄者はじっくりと眺めた。

「おや? お前の魔羅、硬く反り立っているけれど、これはどうしてだい?」

「……気持ちが良いとこうなって、限界まで達すると射精するのだ」

「ふぅん。でも僕、お前と口吸いしても、魔羅はこんな風にはなってないよ」

「魔羅を刺激するのだ。気持ちがいいように擦って刺激を与えれば立ち上がる」

「刺激って……例えば、こんな感じに?」

 そう言って、兄者の手が直に俺の魔羅を撫でた。

「うあっ、あ!」

 思わず背を丸め、兄者の肩を強く掴む。

「ありゃ、痛かった?」

「ちがっ……痛くなど、無い……き、きもち、いい」

「そっか。じゃあ続けていいかな?」

 まるで稚児にするように優しく尋ねられ、おぼろげに頷く。

「それじゃあ、お前の魔羅をいい子いい子してあげるね」

 その言葉通り、童子の頭を撫でるように、優しくもどかしい手つきで、指先で魔羅の竿を撫でられる。それも気持ちがいいけれど、そんな弱い刺激では足りない。早く、早くと心は急かすけれど、そんな事を言えばはしたないと思われてしまいそうで、低温で身体を少しずつ溶かされる感覚にひたすら震えた。

「可愛いね、膝丸。腰が揺れて色っぽいよ」

「へ? あっ!」

 指摘されるまで、自分の腰が揺れている事に気付かなかった。気づいても自分の意思で止めることができない。自分の身体なのに、自分でなくなってしまったようだ。兄者に魔羅を撫でられる度、それに合わせて腰が揺れ動く、そうすると気持ちが良くて、自覚をしたらより一層くらくらした。

「違う……あにじゃ、これは、」

「あ、何か出てきた。これが精液?」

「違う、こ、これは……精液ではなくっアッ!」

 説明をしようとしているのに、そんな事はどうでもいいとでも言うようにカリ首を親指と人差し指で挟み、柔く撫でられた。そうされた途端、身体からガクンと力が抜け、畳に肘を付き、ただ左右に首を振った。

「おや、急にどうしちゃった? ここは嫌だった?」

「んっ……んん、違う、そこ、はっ弱いから」

「気持ちがいい?」

 そう言いながら鈴口も撫でられ、身体が熱くて頭がぼうっとしてくる。兄者の手で触れられるのは自分で触れるのと全く違う。自分で触れている時は、こんな風に身体から力が抜けて倒れてしまう事もない。こんな声も出ないし、こんなにも胸が苦しくなる事もない。

 兄者だからだ。兄者にされると、どうしようもなく気持ちがいい。

「兄者、あっ、あぁッ!」

 先程射精したばかりだというのに呆気ない物だった。出た精液は薄いけれど、それでも頭が少しは冷静になる。堪らずに荒い呼吸をしていると、兄者は自分の手に付着した精液を興味深そうに眺めた。

「この白いのが精液?」

「……そうだ」

「なるほどねぇ。朝起きると漏れてる事があったからてっきり粗相をしているのかと思っていたけれど、これは精液だったんだ」

「そうなのか。では、射精自体はしているのだな」

「そうみたいだねぇ……」

 まだ気になるのか、兄者は俺の萎えた魔羅をまた撫でようとした。その手を掴んで止め、首を横に振る。

「兄者、流石にこれ以上は駄目だ」

「ありゃ、残念。もっと可愛いお前を見たかったのに」

 何でも無いように笑いながら、大人しく手を引いてくれた。それに安堵しつつも、言われた言葉に思わず眉をひそめる。

「……可愛いだろうか。みっともない、では無く?」

「うん、可愛いよ。さっきのお前見てたら、すっごく興奮した」

 チラリと、兄者の股間に目を向ける。浴衣の上から見てもそこが形を変えているような様子は無い。

「兄者、少し浴衣の前を開いても大丈夫だろうか?」

「どうして?」

「本当に勃起をしていないか、確認したい」

「別にいいよ。ほら」

 すると兄者は妖艶に笑いながら俺の手を掴み、自分の浴衣の上前へと導く。いやらしい意味ではなく本当に確認をするためのつもりだったのに、そうされるとドキリと心臓が強く胸を打って、無意識にゴクリと喉を鳴らしてしまった。

 浴衣の合わせをどかし、おもむろにそこを確認する。いつもと変わりないようだった。

「本当に何ともなっていない」

「でしょう」

「しかし、主の部屋の書物で人体に関する本を読んだが、人の男の体は興奮すると生殖行為をするために魔羅が硬く立ち上がり、精液を出すようになるものだと書かれていた」

「そうなの? おかしいね、僕は確かに興奮したけれど、やっぱり何も変わりないなぁ」

「ふむ……では、その、俺が触れたら……少しは違うだろうか?」

「お前が?」

「ああ。先程兄者に触れられた時、自分でしている時より……興奮したのだ」

「ふうん、そういう物なんだ」

「そういう物なのかどうかは分からないが、試す価値はあると思う」

「じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな」

 その言葉通り、兄者は俺の脚の上にまたがり腰を下ろすと、甘えるように俺の首に腕を回した。その近さにドキドキと鼓動が早くなったけれど、それを見せないようにしながら、兄者の下着から魔羅を取り出す。

「あ……」

 そうすると、兄者は驚いたように小さく声を上げた。目を瞬かせ、魔羅を握る俺の手を興味深そうに見つめる。

「どうした、兄者」

「ううん、何だか今……気持ちよかったかもしれない」

「本当か?」

「うん」

「続けて大丈夫だろうか?」

「大丈夫だよ、続けて」

 兄者はまた顔に笑みを浮かべ、汚れていない方の手で俺の頬を撫でると口吸いをした。それに応えながら、兄者の魔羅を握る手をゆっくりと上下させる。

「ん……っ」

 口吸いの合間に、まるで水で溶かした砂糖がとろりととろけるような甘い声が兄者から漏れ出た。

「あ、これ……気持ちいい」

 兄者は微かに胸を上下させ、また魔羅に視線を落とす。

「そうか、なら良かった」

「うんっ……お前の手が熱くて、あはは、何これ、腰が溶けちゃいそう」

 見たことがない表情だった。先程までの余裕のある妖艶な笑みとはまた違う、その身を快楽で溶かし堪能するような、妖艶と呼ぶには愛らしく、可愛いと呼ぶにはいやらしい笑みをしていた。

「あっ――――あぁ、これ、たまらない、どうしよう、あっ、お前の名前呼びたい……ねぇ」

「……膝丸だぞ」

「ん、膝丸……膝丸」

 名前を呼ばれて堪らないのは俺の方だ。もう二度も出したというのに、そんな吐息のような声で、いやらしい笑みで名前を呼ばれたらまた興奮してしまう。崩れてしまいそうな兄者の背に腕を回し、畳に横たえる。寝そべった兄者の両足を抱えながら魔羅を優しく刺激し続けた。

「ッハァ、あつい……体、あついよ……んっ」

 兄者は苦しそうに身体を捩らせているけれど、魔羅は硬くなっていない。けれど身体は火が点ったかのように熱く、段々と表情が苦しそうに歪められていく。

「だめ……だ、何で、どうすればいいの?」

 興奮はしているけれど、やはり勃起せず、ただ快感と熱が身体の中をぐるぐるしているのか、兄者は畳に顔をこすりつけて悶え、荒い呼吸をするばかりだった。この様子だと、刺激し続けても熱で苦しいばかりできっと射精には至らないだろうと思い、魔羅から手を離した。

 兄者は何も言わず、薄らと涙の浮かんだ瞳を俺に向ける。紅潮した身体が呼吸のたびに上下に波打つようで目に毒だった。

「すごく気持ちいいけど……これ、どうすればいいの?」

「普通なら射精をすれば収まるけれど、兄者は射精をする様子が無い」

「じゃあ、これ収まらないの? すごく胸が苦しいんだけど」

「時間が経てば少しずつ収まってくるはずだが……すまない兄者、こんな風になる前に俺がやめていれば」

 苦しむ兄者が心配でその頬に手を伸ばすと、兄者は心地よさそうに微笑みその手に頬を摺り寄せる。

「いいんだよ。苦しいけれど、愛おしいよ」

「兄者……」

 兄者はゆっくりと身体を起こし、俺の頬に口付ける。そして囁いた。

「ねえ、今度、射精の仕方、教えて」


 

****


 

 そしてその日以来、あの手この手で兄者が射精できないかと試したけれど、兄者自身で魔羅を扱けばそもそも興奮もせず、俺が兄者の身体に愛撫を施せば快感で苦しむばかり。兄者が苦しまずに興奮する一番の方法は俺に触れることだけだったが、それも結局は勃起には至らない。

 その後風呂からあがった俺と兄者は結局何もせずに一枚の布団で抱き合いながら眠りにつく。発散できなかった興奮を鎮める時、一人だと苦しいのだと兄者は言う。抱き合って俺の体温や匂いを感じている方が、緩やかに心地よく興奮が冷めていくそうだ。

「兄者……無理に射精をすることは無いのだぞ。溜まれば自然と出ているのなら問題ないだろう」

「そうだねぇ、その分には問題無いけど……でも、お前に触れられる心地よさを知ってしまったから。射精がしたいって言うより、お前に心置きなく触れて欲しいんだよね」

 そう言って、兄者は目を細めて微笑む。その表情は穏やかで、慈しむようだった。

「……無理はしないでくれ」

「大丈夫だよ、まだ時間はあるんだから、ゆっくり探そう」

 いい子だからもうお休み、そう言って兄者は俺を抱き寄せ、俺は目を閉じた。


 

 それから二日後の申の刻の事だった。

内番の疲れも落ち着き二人で自室でくつろぎ、俺は茶を飲み、兄者は何か書物を読んでいた。紙を繰る時の擦れる音と、他の刀たちが廊下を歩く音や話し声が聞こえてくる。俺も主から何か本でも借りようかと思い立ち上がろうとした時、兄者が本を閉じる。

「じゃあ、買い物に行こう」

 何がじゃあなのかは分からないけれど、兄者は洋服箪笥から自分の上着と俺の上着を取り出し、俺に片方を差し出す。それを受け取ると、兄者はなに食わぬ顔で自分の上着を着て身支度を整えた。

「兄者、一体どこへ?」

「万屋だよ。ほら、お前も準備をして」

「万屋へは、何を買いに往くのだ」

「色々とね。確か明日は非番だし、試すには丁度いいと思って」

「……何を企んでいるのだ」

 こうやって話を濁している時、大抵何かを企んでいるのが兄者だ。それに加え、上機嫌なのだからきっとろくでもない事だろう。それでも、俺がいくら怪しんだとて明かしてくれるような兄者ではない。観念して受け取った上着を羽織り、二人で万屋へと趣いた。

 

 万屋の奥まった所に、「短刀立ち入り禁止」と書かれた暖簾がかかった売り場があった。何度か来たことのある店だったけれど、こんな場所があるとは知らなかった。暖簾をくぐってまず目に入ったのは本だった。それもただの本ではなく、半裸の女が淫らな姿をしている表紙の本だ。間違いなく、色事の本だ。

 あたりを見回せば、この暖簾の内側はどうやらそういった色事に関する品が置いてある売り場のようだった。

「兄者……こんな所に何を買いに?」

「うーん、えっと、必要なのは潤滑剤と、あと浣腸だっけ? それから何だったかなぁ、一応記帳してきたんだけれど……そう、こんどーむっていうやつだ」

「それは何に使うのだ?」

「魔羅に被せるんだって」

「魔羅に? 何故だ?」

「それを被せないでお尻に入れたら病気になったり、射精した時に精液でお腹を壊したりしちゃうから、衛生面を考慮して使うらしいんだ」

「……兄者」

「なんだい」

「まさか、兄者はそれを使って房事をするつもりか?」

「そうだよ」

「兄者が俺を抱くのか?」

「まさか。だって僕は勃起しないんだよ、どうやってお前に魔羅を入れるのさ。お前が僕を抱くんだ」

 事も無げに言われたその言葉に、思考が停止する。男色など俺たちのいた時代では珍しく無い。しかし……しかしだ。俺が兄者を抱くだと?

「無理だ! 俺には兄者を抱くことなんて出来ない!

 商品を探す兄者の腕を掴み、引き止める。兄者は振り返って目をぱりくりとした後、俺の両手を握った。

「大丈夫だよ。お前なら僕を抱けるって」

「物理的に可能だとしても、兄者を穢すなど俺には出来ない!」

「お前に抱かれても穢れたりしないよ」

 まるで子供に言い聞かせるような優しい声でそう言われながら頭をよしよしと撫でられても、こんな売り場ではむしろ妖しささえ感じてしまう。

「そうは言うが兄者、どうしてそんな発想になった!?」

「魔羅を擦られてダメでも、肛門なら気持ちよくなるかもしれないと思ったんだけど」

「魔羅が駄目なら、肛門なんてもっと無理だろう! そもそも兄者はいつも……」

 まだ話終わらないうちに、兄者に口付けをされ、口を塞がれる。言葉は全部兄者の口へと吸い込まれてしまったかのように、それ以上何も言えなくなってしまった。そして、唇を離した兄者は有無を言わせないような笑顔を浮かべ、言った。

「僕を抱いてくれるよね、膝丸?」

 だから何故、こういう時ばかり俺の名前を思い出すのだ兄者。


 

 兄者に押し通され、二人で性具を選んだ。潤滑剤は後ろ用の粘膜を保護出来る潤いが持続する物を、こんどーむは挿入時の痛みを軽減するように水溶性ぜりーが厚みがあるものを選んだ。浣腸は薬ではなくぬるま湯で代用する。

 みんなが寝静まった頃、俺は敷かれた一枚の布団の上で寝巻きの浴衣で兄者を待ち、兄者は厠から戻ってきた。その表情からは感情が全て抜け落ちたような、遠い世界を見つめているような、心ここにあらずと呆然としたような険しいような、何とも複雑な物だった。

「あ、兄者、無事に洗浄は出来たか?」

「うん……出来たと思うけど……まだお尻が変な感じがする」

 そう言って無表情のまま自分の尻を撫でさする。

「そ、そうか……大丈夫だろうか」

「大丈夫だよ、痛みとかは無いから」

 兄者は俺の向かいに腰を下ろすと落ち着いたように大きく息を吐き、俺を見て微笑む。

「それじゃあ、よろしく頼むよ」

 そして面白そうにふふっと声を弾ませ、俺の頬に手を滑らせた。引き寄せられるまま兄者と唇を重ねる。目を閉じ、触れる唇の柔らかさを堪能するように唇同士を擦りつけては角度を変える。兄者の舌が俺の唇を舐め、俺も舌を差し出す。絡め取られた舌を吸われると首の太い血管の辺りから痺れるような快感が生まれる。

「んっ」

「ふふっ」

 楽しそうに笑う兄者の頬を両手で包み、より深く深くと唇を重ねた。唾液が混じり啜り合う水音。まるで血を貪るような口吸いだ。兄者に唇を吸われ、離される。息があがったまま兄者を見れば目が合って、それはもう愉快でたまらないと言うように目を細めていた。

「あにじゃ……」

 ただ堪らずに兄者を呼ぶ。どさりと布団に押し倒され、兄者に見下ろされた。

「ああ、もう勃ち上がってる。気持ち良かったもんね」

 兄者は俺の浴衣をどけ、下着の上から俺の魔羅を指先で撫でる。背筋に走るゾクゾクとした快感にだらしない声が漏れ、そのせいで喉まで気持ちがいい。

「でも、今日は僕も準備しないとだから。ほら」

 そう言って、布団の傍らに置かれた潤滑剤を俺に手渡す。俺がそれを手に広げている間に兄者は俺に跨った膝立ちのまま自らの下着を下ろし、浴衣をたくしあげた。

「ねえ、優しくしてね」

「言われずとも」

 潤滑剤を広げた右手を兄者の菊座へと伸ばす。触れたそこの口を撫でると、兄者は肩を竦めた。

「痛かったら言って欲しい」

「え~、どうしよっかなぁ」

「どうしようでは無くてだな兄者……」

「冗談だよ、僕も痛いのは嫌だもん」

 冗談なら良いが、兄者なら本当に涼しい顔で痛みをこらえてしまいそうだ。

 恐る恐る、傷つけないように何度も菊座を撫で、潤滑剤を塗る。十分に慣らした所で、ゆっくりと人差し指を挿入した。

「はっ、」

「痛むか?」

「ううん、痛くない」

 兄者は首を横に振ると、ほうっとため息を吐く。兄者の呼吸に合わせ、ゆっくり、ゆっくり指を進めた。全部埋まった所で兄者の顔をもう一度見る。たくしあげた浴衣をぎゅっと握り締めながら、口を半開きにして俺を眺めているようだった。

「指が一本入ったぞ兄者」

「ん……じゃあ、前立腺ていう場所、探してみて。そこが気持ちいいって本に書いてあったから」

「ぜんりつせん……」

 言われたことを繰り返し、またゆっくりと指を滑らせて兄者の中を探る。温かくて、柔らかくて窮屈で、何故か指が性感帯にでもなったかのように痺れる。

 満遍なく撫でるようにと指を動かしながら時々指先で内側を押す。兄者はそれをただ眺めていた。少ししこりになっているような箇所を見つけ、弱く押してみる。

「ひぁっ!」

 すると兄者の身体がガクンと倒れ、咄嗟に身体を起こし受け止める。

「大丈夫か兄者!? 痛かったか!?」

「あっ、あ、ちが……違う、今の場所……何?」

「今の場所……ここか?」

 もう一度そのしこりを弱く押し込む。

「あっ、あッ――」

 兄者の身体がぶるりと震え、俺の浴衣を掴んでいた右手が布団へと滑り落ちる。

「ここが好いのか?」

 そう聞きながら何度もそこを刺激すると、兄者の声が高くなってゆく。俺の首にしがみつきながら、ゆっくりと腰が落ちていった。そしてとうとう膝で立っていられなくなったのか、俺の上に座ってしまう。浴衣はすっかりはだけ、刺激するたびに震える太ももが丸見えだ。そして兄者の魔羅は、微かに勃ち上がっていた。

「兄者、魔羅が勃起しているぞ」

「え?」

 俺に言われ、兄者が自分の魔羅に視線を落とす。

「あぁ、本当だ……これが……」

 兄者は安心したような笑みを見せる。その笑顔が嬉しくて、もっと喜ばせたくて潤滑剤を足し、人差し指を一度抜いて、今度は中指も揃えて二本挿入する。

「ひっ、うう……アッ、ひゃっ」

 全部は入れず、その二本でぜんりつせんを押し上げる。すると面白いほど兄者の魔羅は大きさを変えていった。

「んん、気持ちい、あ、ダメ、何かっん、あっ、出そう」

「射精したいのだろう、兄者。出して大丈夫だ」

「うん、んっねぇ、もっとして、そこ」

「ああ。いくらでも」

 そう言えば、射精には至らなかったとは言え兄者の魔羅を刺激した時も兄者は気持ちよさそうにしていた。ならばと思い魔羅に手を添えると、兄者が身をよじった。

「あぁっ! ダメだよ……そんなの」

 感じ入るように目を瞑り、首を横に振る。

「兄者……」

 その姿が扇情的で、堪らずに首に舌を這わせ吸い付いた。なめらかな素肌の感触と兄者の味、そして感じている兄者が俺を興奮させる。

 力が抜けているから入るだろうと薬指も入れてみる。すると、一本から二本に増やす時よりもすんなりと入った。肌は汗ばみ、もはや温かいというより熱くてのぼせてしまいそうだ。

「あっ、あっもう、出るっ――ふっ」

 ギュッと兄者は俺にしがみつき、身体を震わせた。握っていた魔羅がビクリと跳ねて視線を落とせば俺の手に兄者の精液がベッタリとついている。

 熱い。兄者の精液だ。頭の中で何かがぐるんと回るような、一気に熱が上がる感覚。

「兄者」

 自分の呼吸は抑えきれないくらい荒々しかった。射精したばかりでまだぼうっとしている兄者をゆっくりと布団に寝かせる。兄者気だるげな動きで俺に視線を向け、それはもう楽しそうにニヤリと笑った。

「僕が欲しいかい?」

「ああ、兄者が欲しい。良いだろうか、兄者」

 兄者は俺の頭を引き寄せ、口吸いをする。導かれたその唇に貪るように吸い付き、喉の奥まで届くように舌を差し入れ、唾液を吸った。

 兄者の中に……兄者と一つに。

 二振一具と呼ばれた俺たちが、溶けて一つになるような。それほど熱くて心地よい興奮が身体を巡り、血液が蝋のようだ。

「お前は本当に可愛いね。僕と気持ちよくなりたくて堪らないんだろう?」

「兄者と……」

「そう、僕と」

 そうだ。俺は兄者と気持ちよくなりたい。今までのような、ただ俺が一人で乱れ一人で気持ちよくなるのではなく、快楽を共にしたい。

 兄者に触れたい。

 ごくりと唾を飲み込み、布団に仰向けに寝そべる兄者の脚を抱えてその間に自分の身体を割り込ませる。すると、兄者の足がまるで獅子の尾のように俺の尾てい骨のあたりを撫でた。その感覚にぶるっと身体が震える。

 兄者の腰紐を解き、浴衣をどかす。何と美しいことか。身体を屈めて、兄者の鎖骨に唇を落とす。そこから下へと滑らせ、脇腹を撫でながら胸の突起を舌で転がす。

「ふっ、ふふ、擽ったい」

「擽ったいだけか?」

「ううん、っはぁ……気持ちいい」

 満足そうにため息を零し、俺の頭を撫でてくれる。

 いつもは、兄者の体に触れて昂ぶらせてもただ兄者を苦しめてしまうだけだった。けれど、もうその心配はいらない。俺が抱けば兄者は精を吐いて気持ちよくなれる。兄者を思う存分気持ちよくして良いのだ。

 兄者の肌の至るところに唇を落とし吸い付いた。胸、脇腹、臍、太ももにつま先まで、舌を這わせ、ちゅうっと吸い、跡を残す。白い肌に俺がつけた花びらが散っている。そうして兄者の身体に触れるだけで射精してしまいそうだった。けれど駄目だ。今日は兄者を抱くのだから、俺が用を済ませるわけにはいかない。

 兄者の脚を下ろして身を屈め、もう一度潤滑剤を手に伸ばす。すると兄者の目が期待に満ちたように細められ、その欲情を込められた視線に目が眩みそうになった。潤滑剤を伸ばした手を兄者の菊座にゆっくり挿入する。

「んっ、はあ、ああ」

 兄者は胸を反らして恍惚と笑みを浮かべる。

 そうして兄者の中の良い場所を優しく撫でながら、兄者の魔羅を口に含んだ。

「あっ! すごい、それ、気持ちいい」

 兄者の足が布団を蹴る。口の中に、兄者の先走りが広がった。もっともっと気持ちよくなってくれればいい。今まで兄者が俺に施した分、今日は俺が兄者に施す事が出来る。

「また、出るっ――――!」

 その宣言通り、兄者の尻が跳ねて俺の口腔の奥へと兄者の魔羅が押し込まれると同時に、喉へ直に精液がかけられた。

「うっ! えほっげほっ」

 それは流石に受け止めきれず、咳き込みながら喉へと放たれた精液を吐き出してしまった。

「あぁ、ごめん、こんなに気持ちいいの初めてで……」

「大丈夫だ……兄者に良くなって貰いたくてしているのだから」

 俺がそう言うと、兄者は急にスっと真顔に戻り、おもむろに身体を起こし、俺の魔羅へと手を伸ばす。

「あ、兄者!」

「お前も気持ちよくなりたいよね? どう、もう入れられそうかい?」

「大丈夫だ! 入れられる! 入れられるから触れないでくれ!」

 形を確かめるように撫でていた兄者の手を引き離す。そのまま触れられれば挿入する前に終わってしまう。

「そう? えっと、それじゃあこんどーむを被せるんだよね? 僕がしてあげるから……」

「それもいい、大丈夫だ、自分でつける」

「そんなに拒むことかなぁ」

「本当にもう限界なのだ兄者、察してくれ!」

 兄者に背を向け、こんどーむを開封して説明書きを読みながら自分の魔羅に被せる。こんどーむを被せた魔羅は何というか、少し間抜けに見えなくもない。

「出来たかい?」

「あ、ああ……なぁ、兄者、本当に抱いて良いのだな?」

 改めて兄者に向かい合うと、兄者は妖艶な笑みで俺ににじり寄る。

「抱いて良いも何も、こんなに気持ちいいこと、拒めるわけがないよね」

 そして、俺の身体に腕を回し、「お前に抱かれたいんだ」と耳元で、たっぷりと吐息を含めて囁く。

 あまりの気持ちの昂ぶりに叫び出してしまいそうだった。ただ衝動に任せて兄者を布団に押し倒し、両足を抱える。

「兄者……兄者、」

 己の魔羅を兄者の菊座に擦りつける。すると、兄者の瞳がチカチカと光ったように見えた。まるで鬼のように目元を歪めた笑みに、まんまと陥れられたような気持ちになる。それでも我慢ならなかった。一気に魔羅を兄者の中へと突き立てると、兄者は背を大きく反らして声にならない高笑いを上げるように口を大きく開く。

「あっ――――あぁっ……!」

「あにじゃ……あにじゃ、大丈夫か? 痛くは……」

「そんなの、もう分かってるだろう」

 兄者の足が俺の腰に回り、逃がさないとでもいうように捕らえられる。

 

****

 

 信じられなかった。二人でする性行為がこんなにも気持ちがいいなんて思いもしなかった。

感じている弟を一方的に見ている時は、ただ可愛くて心が満たされるようで心地よかった。それなのに、弟と一緒に気持ちよくなった途端に、弟の気持ちよさそうな声がただ心地よい物ではなくて、それに呼応するように快感が引き出される愛撫へと変わった。

「兄者、兄者、あっ」

 弟が気持ちよさそうに喘ぎながら腰を振る度にその声に身体を撫でられているようで、何も考えられなくなるほど気持ちがいい。

 思い返せば、今までお前がこんな風に剥き出しになって僕を欲しがってくれたことが無かった。ずっと、お前はただ僕に与えるばかりで、僕もそれに気づいていた。

 僕ばかりが欲しがっているようで、少しだけ寂しかったんだよ。

 お前はいつも自分が気持ちよくなることを駄目だって言って。僕はお前がいないと気持ちよくなれないのに。ただお前に触れられるだけじゃ駄目なんだ。

 お前が僕を欲しがって触れてくれないと、僕は一人でしているのと変わらないのだから。

「あっ、あ、おとうと……もっと、欲しがって、僕を――――」

「あにじゃ、欲しい、あにじゃ、が……欲しい」

 その言葉通り、僕の中へより深く入ろうと腰を掴まれ強く打ち付けられた。そうする度に僕のものなのか弟のものなのか分からない喘ぎ声が脳を震わせる。

「もうっ、はぁ、出るぞ、あにじゃ」

 あにじゃ、あにじゃとうわ言のように何度も呼びながら、弟は腰を速める。弟が、僕をこんなにも欲しがっている。それがたまらなく嬉しくて、僕も素直に弟が欲しいと思えた。そして欲しいと思うとどこもかしこも弟を受け入れてしまって、気持ちよくて馬鹿みたいに喘いでしまう。

膝丸のとろけた瞳が僕を見下ろす。僕の尻に三回ほど腰を打ち付けて、弟の魔羅が脈打ち果てる。僕の中に弟が出しているのが伝わってくる。

 荒い呼吸を整えながら、弟はゆっくりと魔羅を引き抜いた。

「あにじゃ、大丈夫か?」

「うん……凄く、気持ちよかったよ」

「そうか……なら、良かった」

 ほら、そうやってまた僕のことばかり。

「お前は? 気持ちよかった?」

 僕からそう問いかけると、弟は恥ずかしそうに笑いながら僕を抱きしめる。

「ああ。今までにないほど、気持ちよかった」

 胸が満たされる。お互いがお互いを求めていて、隙間なく埋まっていく。

「これからも、ちゃんと二人で気持ちよくなろうね、……えっと~…………膝丸」


 

****


 

「それで結局、兄者は自慰は出来そうなのか?」

 事後に湯浴みをしていると、弟は思い出したように言った。

「ああ、多分それは無理かな」

「何!? あれだけやっておいてか!? 後ろなら自慰が出来るのでは無かったのか?」

 問題が解決したと思っていたらしい弟は、僕の返事に面食らったように声を上げた。

「僕も最初は後ろだから気持ちよくなったのかと思ったんだけど、そういうわけじゃなかったみたい」

「と言うと、一体どういうわけだったのだ、兄者」

「簡単に言えば、僕はお前がいないと気持ちよくなれないって事かな」

 僕の答えに、弟は首をかしげる。

「俺がいないとならないという話なら、何故今までは駄目だったのかが説明がつかない」

「だから、簡単に言えば、だよ」

「分かっているなら教えてくれ兄者」

「え~? それは必要ないんじゃないかな」

「何故だ! 俺は兄者に苦しい思いをさせたくないんだ、教えてくれ!」

 尚も食い下がろうとする弟に、内緒だよと言いながら口づけをする。

 教えちゃったら、お前をその気にさせる楽しみが無くなってしまうからね。

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